日曜日はなかった。

Sunday is dead. 日々の雑感。見たアニメや映画、読んだ本とかについて。

第二回「大阪てのひら怪談」応募作のおくやみ

今年も第二回「大阪てのひら怪談」がありました。

ご存知じゃない方がここに見に来るとあまり思えませんが、大阪を舞台にした800文字怪談を募集するという、たいへんたのしい催しです。

昨年度はなんかよい感じなったのでで小躍りしたわけです。
 
というわけで、引き続き今回も作品を提出しましたが、今回賞は選外でかすりもしませんでしたね。
受賞作を読むとすごい面白いので、私も「ぐぎぎ」という気持ちで拍手をするしかありません。たこ焼き欲しいもん。
 
でも私の提出作ももったいないので今回はこちらのほうに載せることにしました。
 
ギャラリーに訪れて読んでくださったり、コメントをくれた方々は大変ありがとうございます。
 
そうでない方々気が向いたら、よかったら読んでくださいネ。怪談雰囲気のあるデザインのブログならもっといいんですけど。
 
 
 
 
 
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1.「ハサミの手」

 
 蟹が殺されたんだって。
 ホテルのテレビを点け彼女が言いました。
 窓の外を見ると大樹のような煙が朝のぼやけた空に昇っています。
 ベッドに転がり面倒くさそうに渋る彼女を引っ張って、見物へ誘うことにしました。
 大きな蟹の潰れて割れた背中から、ずわわずわわと子蟹が散っています。まさに蜘蛛の子を散らすって感じ。ま、ビルの壁に貼りついていたし、脚の数も似たようなものです。
 天から降ってくる蟹たちは復讐に燃えていました。あっというまに通りは赤い運河になったのです。
 乾いた骨のような音をたてて大雑把に踏まれるたび母を殺された恨みごとを言う大勢の子蟹たち。小さな鋏でつねりあげてくるそんな蟹たちを見ているとどこか健気にさえ思えるよな。
 そうポケットに手を突っ込みながら隣の彼女にいうと、くすぐったいくすぐったいって彼女は笑っていて、義足の右足を脱いでひっくり返したら釣り上げた長靴みたいになかから沢山の蟹が流れ落ちました。
 けらけらけらと可笑しそうに片足で身をよじる彼女は転んで、蟹が舞うと見えなくなってしまいました。慌てて駆け寄って蟹を掻き分けているけれど降り積もるのは血に染まった破片か壊れたビルの瓦礫かこれが子蟹なのかもうわからず爪先が彼女に触れるかふれまいかしているうちにどんどん彼女は沈んでいってしまってもう見つからないのです。
 それからずっと、お城の見た目をしたあのホテルで空の義足を抱えています。食事もせず。ベッドの上で。従業員も来ません。
 巨大な影が動きました。静まった窓の外。
 部屋に入ってきたのは蟹です。一本だけちぎれ剥き身になった脚先を持ち上げた蟹。
 その艶めく欠けた生脚へ膝まづきました。
 義足をすっぽり履かしてやりました。
 まさか、ぴったりなのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2.「モンキー・ショウ」

 
 オリバー。お前がボケでぇ、俺がツッコミや。
 取り巻きに両腕を掴まれて身動き取れなくて、みぞおちへ入ったチョップに苦いものが喉を押してうずくまって、さっき食べた給食をゲエゲエ吐いたら出てくるソフト麺。ゲラゲラ笑う君を涙越しに見上げ、なんでや、なんで僕がこんな目にあわんとならへんの、ツッコミたいのはこっちのほうじゃボケッてえ言えるわけないし見上げてニヘニヘ笑う不自由なこの面の皮。馬乗りにされて雑巾でゲボが擦り付けられて、もがいて息むと屁がぷう出てしまって、すぐ顔が真っ赤になる猿顔のヒューマンジーやってはやし立てられる。
 オリバーの母ちゃん箕面の猿山で孕んだんや。鉄板ネタにみんながゲラゲラゲラゲラ。
 な、大川くん、俺たちお笑い芸人なってコンビ組めるで、才能あるって。
 そう先に言ったん君やろ。だからいっしょにお笑いコンビ組んで、よしもと目指そ。
 教室のテレビに引っかけた縄跳びで首を括る僕を見つけて、君はぽかんと見上げてる。
 君が手から落としたリコーダーを睨むと、僕は潰れた喉で笑った。それ、ミキちゃんのや。おもろいやん。僕たち、やっぱええ相棒になれると思うで。
 僕の舌ベロ膨れてて、言ったことよお通じだか知らんけど。君はうなずいてくれたね。
さあ! 授業参観で笛を吹いて始めよう。そうだ。君がみんなの前で吹くのさ。
 ミキちゃんの叫んだ音色に合わせて鎌首もたげた赤い縄跳びが、君の机から躍り出る。
 縄跳びひとつで猿回し。ケツから垂れたらまるで尻尾さ。這い出た口から奥歯をがたがた言わせれば、歯茎むき出しお猿になって、父母みなさんゲタゲタゲタゲタ大笑い。
 やったやったあ大成功。君のおかげや。ありがとなあ。
 もっと喜びぃ。君のお母さんもウケとるよ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

3.「ミルキィ」

 
 蟻の行列を追いかけていたら、橋の下で女があおむけになっていた。
 行列は女の開いた唇に繋がっている。
 覗き込むとなかは蟻で溢れかえっていた。
 指を突っ込んでみて、触れたものをつまんで引っぱると歯が取れた。歯の溝に這いまわる蟻を息で吹き落として口に含むと、思った通りその歯はとても甘い。
 これ。飴ちゃんのオバちゃんやな。
 女の太い脚の間に腰を下ろした。腹か胸か判別つかない部分に後ろ頭をうずめながら、その飴玉の歯をほっぺの内側できゃらころきゃらころ転がした。
 蟻たちが触角を揺らす。羨ましいか。お前たちの飴は女王様のものだからな。でも、俺の家にもわがままな女王様はいるんだよ。
 薬を飲まそうとしても吐き出して、甘いものばかりが好きだった。俺が何してやろうと当然のように罵るのだ。飴をポケット一杯に入れて好き勝手どこにでも行ってしまうのを結局俺が迎えに行かなくちゃいけない。
 とても疲れたよママ。脇の下に顔を押し付け、豹柄のシャツを膨らます乳の上で指をゆっくりにぎにぎした。寝ころぶ俺の唇にママが飴を押し入れて、よくこうしてもらった。飴の味はママの味。ミルクのように甘く懐かしい記憶が舌の上に溶けていく。
 あんたとはじめ出会ったのも、私が飴ちゃんあげたおかげやったもん。
 口からこぼれた蟻たちが吹きだしの形になっている。ツレそった俺のこともわからなくなっていたのにな。こうなってからシャンとするのだからあきれるよ。
 あれな、話すきっかけづくりやってん。
 痛む膝をさすり、いまさら恥じらいがちに教えてくれたママを蟻のように背負った。
 何。今回会えたのも飴のおかげやったで。
 口いっぱい頬張っていたのだろう。
 歯のない歯茎に嵌っていたのは、ちびた飴玉だったのだ。